2019.12.26
<カウンセリング> 支援者のこころがまえ

 悩んでいる人のこころの力を信じましょう
 相談にのるときにはー定の距離を保ち、自分が引き受けすぎないことが大切です。
 親しい人が悩んだり苦しんだりしているときにはつい一生懸命になっていろいろと手助けしたくなります。その気持ちは大事なのですが、まわりにいる人が一生懸命になって手を出しすぎると、悩んでいる人に、「あなたの力では問題を解決することはできない」というメッセージを伝えてしまうこともあります。そうすると、悩んでいる人は自信をなくして、ますます支援者に頼るようになってくるでしょう。
 目の前の問題を解決するだけでなく、問題を自分で解決する力が育つように支援することも大切です。

引用図書;大野裕:マンガでわかる 認知行動療法:池田書店,2019.

2019.12.25
<自己啓発> 現実を見ない考えは決めつけ

 認知がマイナスに偏りすぎると、つらい気持ちになります。だからといって、何でもポジティブに考えればいいかというと、必ずしもそうではありません。プラス思考になることで、自分を追いつめることもあります。
 「自分が嫌われている」とマイナスに考えるのが想像だとすれば、「気を遣ってくれている」とプラスに考えるのも想像です。
 そのときに大切なことは「現実に目を向ける」ことです。
 水が半分入っているコップを見たときに、「半分も入っている」とポジティブに思えれば、気分は楽になるかもしれません。でも、砂漠にいて、水を手に入れるのが難しい状況で「半分も入っている」と考えて、どんどん水を飲んでしまうと、あとで困ることになります。
 そのときの考えが適切かどうかは、現実をきちんと見てはじめて判断できます。現実を見ないままで判断することは、ネガティブなものでも、ポジティブなものでも、「決めつけ」でしかなく、問題に適切に対処できなくなります。
 この決めつけから抜け出すためには、きちんと情報収集する必要があります。しかし、こころが弱くなっているときにはそれが難しくなります。ネガティブな予測が当たっている可能性があるので、二の足を踏むことになります。そのときに、信頼できる人がいれば思い切って足を踏み出すことができます。そうした存在になることが支援者の大きな役割です。

引用図書;大野裕:マンガでわかる 認知行動療法:池田書店,2019.

2019.12.23
<癒し> 顔を上げて

 「顔をいつも太陽の方に向けていて。影なんて見ていることはないわ」 ヘレン・ケラー

 「下を向いていたら、虹を見つけることはできないよ」 チャールズ・チャップリン

 「何事かを試み失敗する人間のほうが、何事も試みずに成功する人間よりどれだけよいかわからない」 ジグムント・フロイト

2019.12.20
<心理学> 感情は消えるもの

 「同じような感情がずっと終わることなく自由になれず、苦しみが続いている。その結果、止めたいのに止められない行動があるので何とかしたい」と相談を受けることがあります。このように、感情をなんとかしようとして、その感情について考え続けることで、逆に感情にとらわれてしまうケースがあります。
 感情は火のようなものだとイメージしてみてください。感情について考え悩むことは、燃えている火を消そうとしながら、薪をくべて燃やし続けているようなものなのです。
 では、感情の火はいつまで燃え続けるのでしょうか? いつかは消える、つまり、感情の終わりが訪れるのでしょうか。
 これは、「嬉しい気分」を例に考えてみるとわかりやすいでしょう。例えば、仕事で大きな成果を出してほめられたとします。あるいは、受験で志望校に合格した…。「この気分がずっと続いてほしいなあ」と楽しい気持ちで過ごした経験がみなさんにもあるでしょう。
 さて、そのうきうきした感情がどれぐらい続くのか、ということです。残念ながら、この気持ちがずっと続くことはなく、他のことをした時にふと終わり、気がつくと別の感情に変化していたり、時間と共にその気持ちは薄まっていたりしたのではないですか。「嬉しい気分」と同様に、他の感情、さらには嫌だと感じる感情も同様に変化して、終わっていくものなのです。
 つまり、感情はその感情が運んできたメッセージが受け止められたら、速やかに消えていくのです。感情の火に薪をくべない限り、単発の感情は、20秒から1分程度で終わるとされています。
 先ほど、感情はアラームのようなものだと言いました。つまり、アラームのメッセージを受け取って適切に対応することで、確実に終わるのです。
 これを知らずに、特定の、ある感情を感じるのはいけないことだ、などと決めつけて、その感情を受け止める力を磨いていなかったり、感情の後の適切な行動の体験がなかったりすると、その感情に対して過敏になりますし、火に油を注ぎ続け感情を消さないように頑張っている、ということにもなりかねません。
 結果として、その感情が本来持っているアラームを故障させて、鳴りっぱなし、もしくは、いざという時に鳴らない事態を招いてしまうのです。

引用図書;玉井仁/星井博文/深森あき:マンガでやさしくわかる認知行動療法:日本能率協会マネジメントセンター,2016.

2019.12.18
<心理学> 進路

長子は、道を拓く = 果敢にゴリゴリ進む
末子は、楽な世を行く = 抜け目なくスルスル進む
中間子は、道に迷う = あれこれ考える
一人っ子は、我が道を行く = 人の目を気にせず、自分の思ったことをのびのびと実現する

引用図書;五百田達成:不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち:ディスカヴァー・トゥエンティワン,2016.

2019.12.16
<歳時記> 勿忘菫(わすれなすみれ)

 淡い思い出
 十二月の誕生色は、小雪が舞う季節の藍白色(あいはくしょく)ということになっています。
 董は早春に咲く花ですが、返り咲きすることが多く、十二月に花を咲かせることもめずらしくないそうです。
 かわいらしくうつむいた花が、この季節に、遠慮がちに返り咲く姿はいじらしいですね。
 「すみれ」の語源は、二説あって、まず、「墨入れ」が変化したという説。花が昔の墨入れに似ているからだそうです。
 もうひとつは、「摘み入れ草」からきたという説。摘む花といえば、董が代表的な花たったそうです。それだけ親しまれてきた花なのですね。
 返り咲きの菫が小雪の中で揺れる風景。「忘れないで」とささやきかける、今年一年の淡い思い出のようです。

引用図書;山下景子:美人の日本語:幻冬舎,2005.

2019.12.13
<心理学> 価値観

長子は、やるべきことをやる
末子は、やれそうなことをやる
中間子は、みんながやらないことをやる
一人っ子は、やりたいことだけやる

 「義」で動く長子、「利」で動く末子、「他人」が基準の中間子、「自分」が基準の一人っ子

 親からの期待と愛とプレッシャーをがっちりと受け、ふたことめには「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだからしっかりしなさい」と言われて育ってきた長子は、”やるべきこと”に積極的です。
 家庭では弟や妹のお手本、社会に出てからは後輩や部下の模範となるような存在を目指します。
 責任感が強く自分に厳しいため、個人の感情よりもルールや大義を優先。「誰かがやらなくちゃいけないなら」と自己犠牲も厭わないのですが、周囲からは堅苦しい人と思われることもあります。
 末子には長子のような責任感がありません。規律を守ったり、正義感をふりかざすのは兄姉に任せて、自分は楽しく生きていきたい、ラクに過ごしたいと考える、根っからの享楽主義者です。
 家庭でも職場でも誰かに命じられればフットワーク軽く動きますし、自分がやれることは素早く要領よくやります。必要となれば愛想もふりまくし媚びも売る。しかし、誰にも言われないのに先回りして動くといったことは決してしません。「求められているかどうかもわからないことに時間と労力を費やすなんてバカバカしい」と、本気で考えているからです。
 偉そうに正しさを振りかざす長子と、したたかに愛嬌をふりまく末子との間で、右往左往しつつも自分の目立てる場面をうかがうのが中間子の宿命です。
 たとえば、人事異動の時期を迎え、「○○部長の送別会を開きましょう」と号令をかけるのは長子です。お世話になった先輩の送別会は、開く”べき”だからです。しかし、言い出しただけでデンと座ってなにも動かない長子も多くいます。
 実際に動き回るのは末子でしょう。お寿司を手配したり、テーブルを並べたり、とフットワークは軽いのですが、「はいはい、言われたことだけやりますよ~」と、常に受け身。自分からは動こうとしません。
 中間子は全体の進行をじっと眺めて、プランの抜けているところをうまくフォロー。黒子に徹していたかと思ったら、おもむろに「じゃじゃーん!」と花束を買って登場したりします。
 一人っ子はまず、送別会に出席するかどうか自体、怪しいかもしれません。一人っ子の価値基準はずばり「自分」。「べき」でもなく「ラク」でもなく「人間関係」でもなく、あくまで「自分」。
 仮に送別会に出席したとしても、突然飾り付けに凝り始めたり、司会を買って出たり。そこには「~のため」とか「ここで目立とう」とか、そういう思惑はまるでなく、好きだからやる、気になったからやる、ときわめてシンプル。
 「空気を読まない」「マイペース」などと揶揄されることの多い一人っ子ですが、逆に言えば、どこまでも素直で子どものように無邪気なのです。
 「こらこら、こういうときはこうするものだよ」と注意されれば、「あ、そうなんですか~」とあっさり態度や価値観を改めるのは、変なポリシーにとらわれていない一人っ子ならではの強みかもしれません。

引用図書;五百田達成:不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち:ディスカヴァー・トゥエンティワン,2016.

2019.12.11
<癒し> 人見知りだから、うまくいった

 もしも自分に誰とでも親しくなれる才能があったなら、何も努力しなかっただろう。うまくできないと思うから、一生懸命努力して、舞妓として成功した。

引用図書;岩崎峰子:祇園の教訓:幻冬舎,2003.

2019.12.09
<心理学> うつ

 (前略)しかし現代では、社会の枠組が大きく変わってしまいました。非常に不安定で、成果主義的で、人をじっくりと育てたりサポートしたりすることなどできない、自己中心的な社会になっています。だから、どんなに律儀で几帳面で真面目であっても、それは評価されません。律儀でなくても成果を上げてくれればいいというような風潮となり、あるいは次々に転職をくり返していくような人たちが増え、たとえその場しのぎであっても、自己主張やパフォーマンスが目立てばもてはやされるような社会になっています。
 つまり、律儀なうつ病予備軍の人たちを守るようなきっちりとした構造がない社会なので、彼らの人格の鎧が機能しなくなってしまい、傷つきやすいナイーブな部分や攻撃的な部分が露呈しやすくなり、なかなか中に収めることができない時代になっているのではないかと理解しています。
 その意味では、うつ病の患者さんに対して、傷つきやすい自己愛を理解し、健康な攻撃性や穏当な自己主張を取り戻していく援助をするような心理(精神)療法が、薬物療法だけではなく、治療として非常に重要になってくると思います。
 これまで述べてきた精神分析(的精神)療法は、うつ病の治療として用いられていますが、単にうつ病の症状をよくするだけではなく、その人のパーソナリティを変化させ、新しい人生を切り開く契機を創造することがあります。この治療では、患者さんがそれまで意識してこなかった悲しみや不安、葛藤などの理解を治療者と共有し、見つめ直すことによって、「うつ」という悪循環に入らないですむようになります。それに加えて、新たな視点から自身の感情体験を見直すことによって、新たな対人関係のとり方や行動パターンを選択することさえ可能になるので、治療以上の意味をもっているかもしれません。その意味では、再発予防にもつながります。(平島奈津子)

引用図書;四天王寺カウンセリング講座10:創元社,2011.

2019.12.06
<癒し> いい愚痴

「もっと割り切れたいい愚痴を吐く人間になりたい」 越路吹雪『夢の中に君がいる』

 「いい愚痴」という言葉がとても新鮮ですね。
 人の愚痴を聞くのは、あまり気持ちのいいものではないはずですが、考えてみれば、詩や和歌などの中には、愚痴っぽいものもたくさんあります。不思議なことに、それらを聞くと、元気が湧いてくることさえあるのです。
 愚痴に限らず、自分の不快な気持ちを、相手に、不快感を与えずに伝えることほど、難しいことはないと思います。
 他の国では、ユーモアや笑いを上手に利用しているように思えるのですが、日本人は、どうも苦手なようです。心の中におさえ込んでしまうか、感情的になってしまうか…。どちらも解決にはなりませんし、かえって悪い状態になりかねません。
 「もっと割り切れた」という言葉には、自分を客観的に見つめる、もうひとりの自分になるということが含まれているのでしょう。
 越路吹雪は、”心にウタをもった人間は仕合せだ”とも言っています。
 ウタの中には、さまざまな世界があります。夢や希望だけでなく、不平不満や恨みつらみだって、私たちは、生きる力に変えていくことができるのですね。
 彼女の歌を聴いていると、かっこいい愚痴や、気持ちいい愚痴、あたたかい愚痴というのもあるのかなと思えてきます。

引用図書;山下景子:しあわせの言の葉:宝島社,2007.

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