2020.09.21

院内では、マスク着用をお願いします。

2020.09.21
<カウンセリング> コミュニケーションは基本が大事

 「人とうまくいかない」と訴える人には共通の思い込みがある。それは、人とのコミュニケーションには何か高度なテクニックがあって、それを自分が持っていないというものである。
 しかし、それは勘違い。高度なテクニックではなく、誰でも持っているはずの基本を忘れている、あるいはそれができていないという場合が大半なのである。いかにも高度なテクニックを持っているように思える人がいるにしても、そういう人は基本を徹底しているに過ぎないのだ。
 それでは、その基本とは何か。
 コミュニケーションとは、野球のキャッチボールのようなものである。キャッチボールをするためには、何と言っても相手が取りやすい球を投げることが基本である。それから、相手がよそ見しているときに球を投げてはいけない。
 さて、自分は相手が取りやすい球を投げているだろうか。取りにくい球を投げてばかりしていないだろうか。すごく速い球や変化球を投げることにこだわらず、とにかく相手の取りやすい球を投げるように心がけること。それを繰り返していけば、そのうちに何球に一球かは「ナイスボール!」が投げられるようになるものだ。
 あるいはコミュニケーションとは、テニスのラリーのようなものであるとも言える。まずはどちらかがサーブを打たなければはじまらない。このとき、打つからにはかっこいいサーブでなくてはならないと考えてはいけない。上級者ならビシッとしたサーブも打てようが、下手な人がそんな真似をすると、あらぬ方向に球は飛んでいくし、空振りすることだってある。どんな球でもいいから、とにかく相手のコートに入れることが肝腎だ。失敗したらもう一度打てばいいのである。そんなことを繰り返していれば、そのうちに「ナイスサーブ!」が打てるようになるものだ。
 基本なくして応用はない、とはよく言われることだが、何事においても「達人」とは、基本を極めた者に与えられる称号なのである。

引用図書;菅野泰蔵:こころがホッとする考え方:すばる舎,2000.

2020.09.19
<カウンセリング> 対人理解はほどほどでいい

 人とうまく行かないことに悩んでいる人は多い。カウンセリングを受ける人のほとんども対人関係で悩みを持っている。「すべての悩みは人間関係に通ず」とはカウンセラーの造語である。家族、学校、職場、あらゆるところに人間関係があり、皆その中で苦労しているのである。
 中には、カウンセラーとさえ、うまくやれない人もいる。これはカウンセラーの責任である部分も大きいのだが、これまで何人ものカウンセラーと会ってきて、そのたびに関係が悪くなってしまうというような人もいるのである。
 「先生と僕は波長が合いません。前のカウンセラーも、僕を理解できなかったみたいです」
 あるクライエントがこう言ったとき、カウンセラーには返す言葉がない。カウンセラーも波長が合っているとは思っていないからだ。
 ちなみに彼は、これまで、どの職場でも「波長が合う」上司がいなかった。そしてその人たちと波長が合わなかったから、いろいろとうまくいかずに転職を繰り返してきたのである。
 周囲の人に自分という人間をきちんと理解してもらいたい、そして受け入れてもらいたい、彼は切実にそう願ってきた。その気持ちは強く伝わってくるし、そのこと自体はよく理解できる。
 しかし、その根本にある考えが贅沢というものかもしれない。彼が思うほど、人と人とは理解し合えるものではないのだ。それを知らずに、相手に100%の理解を求めてしまうとき、そこには決まって悲劇が待っているのである。
 完全に理解し合えなければ満足できないとするならば、人は一生不満な人間関係を送るしかないだろう。より重要なことは、そこまで理解し合えなくても、それでも何とかつき合っていくことにある。それが現実の社会関係なのである。
 多くの人はそのことをよくわかっていて、いろいろと不満を持ちながらも「こんなものだろう」と妥協して毎日を生きている。そうしたほどはどの営みに対して、カウンセラーは何よりも敬意を払うのである。

引用図書;菅野泰蔵:こころがホッとする考え方:すばる舎,2000.

2020.09.16
<名言> 善きことはカタツムリの速度で動く

 「善きことはカタツムリの速度で動く」 マハトマ・ガンジー

引用図書;こころの疲れに効く名言集:笠倉出版社,2019.

2020.09.14
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ⑥うつ病の親を持つ子どもに配慮したいこと

 親のうつ病が子どもに大きな影響を与えるということは、いろいろなデータから明らかにされてきました。そのプロセスが詳しくゎかっているわけではありませんが、臨床的な観察からは、まず、親の気力の低下によって子どもに十分な愛情を表現してあげられなくなること、親のいらだちや不安など精神的な不安定さに子どもが振り回されること、うつ病のときに症状としてあらわれる「もののとらえ方のゆがみ」が子どもにネガティブな影響を与えること、などが考えられます。
 子どもというのは、親の顔色をよくうかがうものです。親が不幸そうにしていると、「自分が何とかしてあげなければならない」と思います。これは裏返して言うと、親が不幸そうにしていると、常に「自分の努力が足りないのではないか」「自分は人間として何かが足りないのではないか」と思うようになるということなのです。それが自尊心を低下させ、子ども自身のこころの問題につながっていきます。
 親がうつ病だと子どももうつ病になりやすいということがどういうプロセスで起こるのかということについては正確な結論が出ていませんが、遺伝と環境との両方の側面があると一般に考えられています。うつ病という病気が遺伝するわけではないとしても、うつ病になりやすいような責任感の強い性格は遺伝します。そして、親がうつ病であるために、子どもが無力感を抱いたり「自分には価値がない」と感じたりするような環境が作られてしまうと、子どもはうつ病を発症しやすくなるでしょう。
 これらの問題を克服するためには、対人関係療法の「病気の強調」がとても役に立ちます。親は「不幸」なのではなく、「病気」にかかっているだけであり、それは専門家がきちんと面倒を見ているから心配しなくても大丈夫だ、ということを子どもにも学んでもらうのです。そして、その「病気」の症状として、親は愛情表現を適切にできないし、イライラしていることが多いけれども、本当は子どもを心から愛しているのだ、ということを説明してあげるとよいのです。うつ病である親自身も、一度きちんと子どもにそう説明し、余裕があるときには言葉にして愛情表現をしてあげればよいでしょう。そうすることで、「自分は親として失格だ」という気持ちが少しは和らぎます。
 そして、周囲もそれに合わせて一貫した対応をとっていったほうがよいのです。うつ病を正しく理解することの大きなプラスがここにあります。つまり、周囲がうつ病を理解せずに、「怠けているのではないか」という不満を何となく鬱積させていると、それが子どもにも伝わります。子どもはまわりの人から不満を抱かれている親のことがとても心配になり、ますます問題が大きくなります。そうではなく、周囲が率先してうつ病を理解し、「病気だから、ああいうふうになるんだね。早く治るといいね」というようなことを子どもに言ってあげると、子どもは安心します。子どもは子どもでいることを許されるべきであり、親の「保護者」役をさせないことが重要です。
 親がうつ病で入院するような場合も、ふつうの病気の入院と同じように説明すればよいでしょう。子どもの寂しさを認めると同時に、治る病気で、必ず戻ってくる、ということを説明して安心させることができます。また、子どもは親が自分のことを見捨ててしまったのではないかということが常に気になりますので、入院中の親はちょっとした手紙でもいいですから、「早くうちに帰って○○ちゃんに会いたい」「○○ちゃんに会えなくて寂しい」「早く病気を治して○○ちゃんにご飯を作ってあげたい」というような愛情表現を可能な限りしてあげましょう。
 大切なのは親の愛情を表現することです。ありがちなことですが、「○○ちゃんがいい子にしているか心配です」「勉強をがんばってくれれば安心だ」というようなことばかり言っていると、子どもは親を安心させたい一心で、不健康な「いい子」になってしまうことがある、ということも覚えておきましょう。親の現状についてある程度の安心ができることと、親からの愛情を確認できることが、子どもの成長を本質的に安定させます。

引用図書;水島広子:対人関係療法でなおすうつ病:創元社,2009.

2020.09.12
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ⑤自殺願望の扱い方

 自殺のリスクが高いときは入院したほうがはるかに安全ですので、入院したほうがいいかどうかは主治医とよく話し合う必要があります。入院しないということになったのであれば、衝動的な自殺に結びつくようなもの(刃物など)は目に見えるところに置かないほうがよいでしょう。また、マンションの高層階などの場合、明らかに飛び降りやすいような部屋には寝かさないなどの配慮も必要です。
 ここでは、そういう一般的なリスク管理の他に、自殺という症状を対人関係療法の観点からどのように扱うかを考えてみます。
 まず、自殺したいという気持ちを、明らかな病気の症状として認識します。これは患者さんの死生観などの問題ではなく、病気の症状なのです。中には、うつ病になる前から「死にたい」などと言うのがクセだった人もいるかもしれませんが、そのようなときと現在の深刻さはまったく違うはずです。
 自殺願望という症状は、絶望感と最も関連するものです。ですから、症状を理解するときに「死ぬ」「死なない」というところだけにこだわるのではなく、「それほど希望が持てない辛い状態なのだ」というところを理解してあげてください。
 さて、患者さんが「死にたい」「死なせてほしい」と言っているというときに患者さんが本当に言いたいことは何かというと、「症状がひどすぎて生きているのが辛い」ということでしょう。そういう場合に、家族として求められる役割は何か、というと、まずは患者さんが役割期待について抱いているまちがった思い込みを是正する必要があります。それは、うつ病で自己評価が著しく下がった患者さんがよく抱くものですが、「自分が生きていることが迷惑なのだから、死んだほうが相手のためになる」というまちがった思い込みなのです。家族は一瞬悲しむかもしれないけれども、すぐに自分のことなど忘れて幸せな生活に戻るだろうと本気で思い込んでいる人は少なくありません。そういう人には、まずこちらの期待していること、「何をしてもいいけれども、とにかく生きていて」という思いを強く伝えましょう。あまりにも患者さんが頑固で「それは本音ではないはず。本当は死んでほしいと思っているのだろう」と言い続ける場合には、もしも患者さんが自殺をしてしまったら自分は一生自分を責め続けることになる、ということを伝えてもよいでしょう。これは「相手を視野に入れる」というやり方であるとも言えます。
 患者さんを失うことを思えば今の苦労など何でもない、ということを強調しましょう。そもそも、誰よりも苦しんでいるのは患者さん本人なのであって、家族ではない、ということも伝えましょう。その証拠に、本人は自殺したがっているけれども、家族はそうではないのです。家族が病気になっていないということは、苦労があるとしてもまだまだ耐えられる範囲内なのだ、という理屈を説明してもよいでしょう。
 「死なないでほしい」という希望は強く伝えるべきですが、同時に、「死にたいほど辛いという気持ちは遠慮なく話してほしい」ということも伝えるべきです。ご家族の中には、患者さんが「死にたい」と言うと、「もうその話はしないで」と言ったり、ため息をついて落ち込んだりする人もいますが、そういうコミュニケーションは、患者さんが辛さを表現する自由を奪ってしまいます。病気が治るまでは耐えるしかない患者さんにとって、それがどれほど辛いことかを理解する必要があります。「死なないでほしい」というのは、行動面への一つの注文にすぎず、「死にたい気持ち」という症状を「治療」することはできないのです。「絶対に死なないでね。でも、死にたいほど辛いのでしょうから、何でも話して。話せば少しは楽になるかもしれないから」というふうに言うとよいでしょう。自分は家族に迷惑をかけていると思っている患者さんは、家族に「愚痴」をこぼすことは迷惑に決まっている、と思い込んでいることが多いのです。そういう場合には、「思いつめるよりも、愚痴をこぼしてくれたほうがむしろありがたい」ということを伝えましょう。

引用図書;水島広子:対人関係療法でなおすうつ病:創元社,2009.

2020.09.09
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ④治療と価値観を混同しない

 うつ病の人を励ましてはいけない、ということを知識としては理解できても、もともとの価値観として「気合い」を好む人は少なくありません。うつ病患者さんの親御さんで、「昔はもっとみんな苦労していた。気合いが足りないからこんなふうになったのではないか」とおっしゃる方もいます。私は、「気合い」という価値観までをも否定したいわけではありません。ここでお話ししていることは、あくまでも「病気」についてであって、「価値観」の話とはまったく関係がないのです。
 たとえば、ふだんからランニングをして体力をつけている人が、運悪く肺炎になってしまったとしたら、やはり肺炎に効く抗生物質を飲むでしょう。そういうときに、「ランニングではなく抗生物質で肺炎を治そうとするなんて、気合いが足りない」と言うでしょうか。あるいは、そんな人がたまたま骨折してしまった、というときに、「ギプス固定して安静にするなんて、気合いが足りない。走れ」と言うでしょうか。
 ここでお話ししていることは、すべて、抗生物質やギプス固定と同じ、「治療」の話なのです。日ごろどのような価値観を持っていても、それは個人の自由であり、「人生すべて気合いだ」と思って気合いを入れて生きていることもまったくかまわないのです。でも、うつ病という病気になったら、その病気の治療法を守っていただきたいというだけのことなのです。
 そういう意味では、うつ病の人に「気合いだ」と言い続けることは、すでに重症の肺炎になっている人にランニングを続けるように言うのと同じことです。病気になったということを認識したら、効果的な治療を受けなければ命取りにもなりかねません。実際に、うつ病には自殺願望という症状がありますから、本当に命に関わる病気です。また、一度でもうつ病にかかった人は再発のリスクを持っていますので、治った後も決められた養生法を守っていく必要があるのです。
 それでも、どうしても「気合い」を捨てられない、という方は、うつ病の悪循環を止めることに気合いを入れてください。患者さんが休まずに働こうとしていたら、「だめじゃないか、ちゃんと休まなきゃ」「病院で言われたことを守らなきゃだめじゃないか」と「励まして」ください。「今までのパターンを変えるように、気合いを入れよう!」ということであれば、まさに治療が目指すところと同じです。ご自分のタイプとして「休もうね」などと優しく言えない、というご家族は、ぜひ、休むように気合いを入れてあげてください。そして、「自分は怠けているだけだ」と言う患者さんに、「何を言っているんだ。それは病気の症状なんだ。まだまだ病人としての自覚が足りない!」と目覚めさせてあげてください。

引用図書;水島広子:対人関係療法でなおすうつ病:創元社,2009.

2020.09.07
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ③「治療」と「サポート」は区別する

 ご家族の姿勢で患者さんが辛さを感じる代表的なものの一つに、「気楽なアドバイス」があります。たとえば、患者さんが不安を訴えたときに「きっと大丈夫よ」と言ったり、「そういうのは気楽に考えればいいのよ」と言ったりするようなものです。うつ病の患者さんは、病気の症状として、ネガティブに考える状態になっています。これは病気の症状ですから、気楽なアドバイスで治すことなどできません。そして、ネガティブな考え方によって一番苦痛を感じているのは患者さん本人です。そういうところに、「そういうのは気楽に考えればいいのよ」と言われてしまうと、それができない自分を責めてしまい、ますます苦しくなってしまいます。また、「きっと大丈夫よ」と言っても、「何を根拠に?」と不信感を抱いてしまうのです。そして、そんな自分をますます嫌いになります。
 ご家族にお願いしていることは、「治療」と「サポート」を分けて考えるということです。治療はあくまでも治療者の仕事で、ご家族の仕事ではありません(ご家族はむしろ患者さんと一緒に「治療を受ける側」になります)。ご家族の仕事は、治療を受けている患者さんをサポートすることです。イメージしやすいのは、身体の痛みに苦しむ病気を持つ患者さんのご家族でしょう。身体の痛みがあるときに、さすってあげたり、本人がほしがるものを与えてあげたり、ということはできますが、痛みそのものをとってあげることはできません。そんなときのご家族は、「痛いのね。苦しいね。少しでも楽になることがあったら言ってね。何でもするから」という姿勢になるのではありませんか。
 うつ病の方のご家族にも、同じ姿勢をお願いしたいのです。患者さんがネガティブなとらえかたで苦しんでいるということは、痛みと同じ症状です。ご家族には、症状を治すことはできないのです。ですから、「うつ病だから、そんなふうに感じてしまうのね。苦しいね。少しでも楽になることがあったら言ってね。何でもするから」という姿勢をとっていただきたいのです。もちろんうつ病は治る病気ですから、「これは治る病気だから、今は苦しいけれども一緒に乗り越えようね」というメッセージも発していただきたいと思います。

引用図書;水島広子:対人関係療法でなおすうつ病:創元社,2009.

2020.09.05
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ②腫れ物に触るように扱わない

 自分の言動が患者さんを追い込んでいたのだということに気づいてしまったら、身動きがとれない感じがする、とおっしゃるご家族もいます。また、患者さんが「○○という言い方をされると、自分が否定されているような気がして落ち込む」などと言おうものなら、「もう何も言えない」と固まってしまうご家族もいます。もちろん、これらの対応のすべてが病気にはマイナスです。なぜかと言うと、ご家族の不自然な緊張や無力感は患者さんの罪悪感を刺激するからです。自分が家族に迷惑をかけている、という気持ちが増すのです。中には、「自分は人間扱いされていない。やっぱり自分はできそこないなのだ」というふうに、自己評価をさらに下げる人もいます。また、「このまま家族に見放されるのではないか」という強い不安を感じる人もいます。
 こういう場面でどう言ったらいいかわからない、本当はこう言いたいけれど、それは励ますことになってしまうのだろうか、とわからなくなってしまったときに、正解を知っているのは患者さんです。「こういうときにはどう言ってあげたら一番楽かしら?」「こんなふうに言われると辛い?」というふうに率直に聞いてみてください。患者さんは罪悪感が強いですから、ペラペラと教えてくれることはないでしょう。でも、そうやって「本人に聞いてみる」という姿勢そのものが、共感的なコミュニケーションになっているのです。「こういうときにはどう言ってあげたら一番楽かしら?」と聞いて、「わからない」という答えが返ってきたとしても、そのやりとりだけで、「ああ、家族は自分を楽にしようとしてくれているんだな」と、愛情が伝わります。距離を置いたところでピリピリ緊張して見ているよりも、ずっと治療的です。
 また、「わからない」という答えも、うつ病の症状(決断困難、罪悪感)によるものであると考えれますから、無理やり答えを聞き出そうとしないで、「そうね、今急に聞かれたってわからないわね。じゃあ、わかるときには教えてね」と安心させてあげるとよいでしょう。

引用図書;水島広子対人関係療法でなおすうつ病創元社2009.

2020.09.02
<カウンセリング> 大切な家族がうつ病になったら ①励ましてはいけない

 うつ病の人の頭の中では、悪循環のサイクルがグルグル回っています。何かがうまくいかないと、責任感の強い人は自分がもっとがんばらなければと思い、がんばるとエネルギーを使い、それだけうつがひどくなり、その症状として気力・集中力がさらに低下し、うまくいかないことが増え、もっとがんばらなければとますます思う、という悪循環です。
 このような悪循環にとりつかれてしまっている人に「がんばれ」と言うと、「自分のがんばりが足りない」という意味に受け止められ、「やっぱりもっとがんばらなければならないんだ」という気持ちを強めるだけなのです。善意の励ましが、うつ病の悪循環をさらに加速させることになってしまうのです。この構造に気づけば、怖くて励ますことなどできなくなるでしょう。うつ病を治すためには、この悪循環にブレーキをかけていくことが必要ですから、そこで必要とされるコメントは「がんばれ」「病は気から」ではなく、「休め」「無理をするな」ということになるのです。「早くよくなってね」という言い方も、相手の苦しみを見ているとつい出てしまう一言なのですが、こう言われると「よくなるための努力が足りない」「早くよくならないと迷惑だ」と言われているように受け取ってしまう人もいます。ですから、「早くよくなるように、今は辛いけれども一緒に治療を受けていこうね」というふうに共同作業として話したほうがよいでしょう。
 また、少しよくなってきたときに、「すっかりよくなったみたいだね」「だいぶ元気になったみたいね」と言うのも、通常であれば善意のご言なのですが、プレッシャーに感じる患者さんもあんがい多いのです。病気が治るときは大きな「役割の変化」のときですから、ただでさえプレッシャーがあります。調子にもまだまだ波があります。そこに、それらの言葉をかけられてしまうと、「辛そうな顔も見せられないな」と感じる患者さんが多いということを忘れないようにしましょう。常に頭の中に悪循環の図を入れておけば、どんなときにも心がけるのは「悪循環にブレーキをかけること」だと理解できます。よくなってきたようだと思ったら、「だいぶ顔色もよくなってきたみたいだけど、まだまだ無理をしないでね」とか「せっかくここまでがんばってきたんだから、焦らないでゆっくり治そう」というふうに声をかけてあげたほうがよいでしょう。
 励ましてはいけない、ということを話すと、講演などでよくいただく質問に、「それでは見放されたように感じるのではないか」というものがあります。この質問はなぜか男性からいただくことが多いのですが、職場で励まさないと「戦力外通告」するような感じがする、というのです。実際に病気になった方は「休め」「無理をするな」という一言に救われる思いがすることのほうが圧倒的に多いのですが、心配でしたら言い方を少し工夫してもよいと思います。ここでも対人関係療法で言う「役割期待」の考え方が役に立つでしょう。自分は相手に何を期待しているのかを明確に伝えるのです。
それは、「あなたのことを大切だと思っている。また一緒に楽しく働きたいと思っている。そのためにも、今は休んで大事をとってくれ」ということでしょう。言い方としては、「こじらせると一緒に仕事ができなくなるから、とにかく今は休んでくれ」というのもよいかもしれません。

引用図書;水島広子:対人関係療法でなおすうつ病:創元社,2009.

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