2020.03.14
<癒し> 無力の自覚が大切

 聖マリアンナ医科大学の周産期センターの臨床心理士、橋本洋子さんの話である。
 ここで働く医者や看護婦は大変な緊張感をもって仕事をしている。少しのことで赤ちゃんが死亡したり、大きい障害が残ったりするからだ。センター長のはからいで、橋本さんは勤めたものの、まったくの無力感に襲われる。赤ちゃんの状態が危険になるとアラームが鳴り、それに対処すべく、医者も看護婦も一瞬の息抜きもなく働いている。しかし、橋本さんは何の手助けもできない。要するに自分は「邪魔者」にしか過ぎないのではと感じていたとき、ふと気づくと、自分と同じ無力感を味わいながら、そこにたたずんでいる人がいることに気がついた。それは、保育器のなかに入っている赤ちゃんの親であった。
 自分の赤ちゃんに触れることもできず、親はただ黙って見ているだけ。父親も母親もまったく無力なのだ。そのようなことに気づいたとき、その親と橋本さんとの間に不思議な心のつながりが生まれてきた。相談室で向き合うと、親御さんからはつぎつぎと溢れるように言葉が出てきた。それまで、言いたくても誰にも言えない言葉が、一杯につまっていたのだ。
 ほとんどすべての方が、自分の罪悪感について語られる。「あんな状態で生んでしまって……」と。なかには自分のしたり考えたりしたことが「原因」になっていると思うと言う人もある。しかし、それらはほんとうのところは個人の罪でも何でもない、ただ致し方のない不幸が生じているのだ。
 そこで橋本さんのしたことは、「すぐに慰めない」ことだった。「慰めると終わってしまう」とも彼女は言っている。と言って、もちろん聞き流すのではない。心をこめてじっと聴き、その悲しみや苦しみを受けとめている。そうすると、なかには、「あんな子はいらない」「自分の子と思えない」と言う人もあった。
 しかし、そこまで言ってしまうと、「いや、赤ちゃんも生きようと頑張っているのに」とか、「私もこの子と一緒に大人になっていくのです」などという肯定的な言葉が出てきて、母親も父親も急激に変化し、親としての責任をもって頑張ろうとする姿勢が見えてくる。
 詳しいことを伝えられず残念だが、このような橋本さんの仕事を理解して、医療スタッフの人たちも協力するようになり、周産期センター全体の雰囲気も変化してくる。確かに秒を争う緊張感は同じである。それなのに、そこにある種のゆとりや暖かさが生まれてくる。親にとっても同様である。
 この話から学ぶことは多い。私が一番感銘を受けたのは、「無力」ということが媒介になって、心と心が触れ合うところである。「無力」の自覚が大切なのだ。ところで、「心の教育」ということがよく言われるが、「よし子どもの心を教育しよう」などと頑張っている「有力」な人は、心の触れ合いなどできないのではなかろうか。子どもの心とそっとつながる深い体験なしに、心の教育などできないのである。

引用図書;河合隼雄:平成おとぎ話:潮出版社,2000.

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